奈良通信 5

2.14.14 明音

2月3日節分の日、奈良では様々な豆まきのイベントがあった。
私は、初めて鬼追いの儀式を見た。

1
興福寺では、追儺会(ついなえ)という除災招福の悔過(けか)の法要が夜から執り行われる。

境内の五重塔の隣で、お面を被った数匹の鬼が酒盛りや悪さをする。そこの登場した毘沙門天に鬼たちは退治され、最後に大黒様が豆を撒くというミュージカル調の芝居に、いい声のおじさんがマイクで解説をしていた。晴れた冬の夜空にオレンジ色の炎で燃える松明を持って騒ぐ鬼たちは大迫力だった。

2

鎌倉時代から続いている立春の儀式、節分の豆まき。
昔は、貧・病・争の厳しい時代で、人々は解決しがたい問題を抱え神仏に頼っていた。
今は、貧しくも無く食べ物は溢れて、病気も最新医療で治療ができる、争いも世界中から無くそうと努力している時代だ。
環境が全く異なる今も節分は続いている。

私のまわりには、厄年、厄年、本厄、後厄とか、おみくじの結果次第でナーバスになる人が何人もいる。
心に悩み事が尽きない人には、除夜の鐘のように、災いを取り除き、幸せを呼び寄せる、不幸知らずの自分を得ることができるとても身近な儀式だ。節分は今の現実よりも1ミリでもハッピーを貰いたいという、ひとつの手段かもしれない。一方、私が所属するお寺では、吉凶禍福にまつわるイベントが皆無である。厄除けのお祓いもお守りもない。

僧侶なったばかりの7,8年前に、親鸞聖人の書き記した御和讃(わさん)で、日にちの良し悪しや迷信などに囚われない生き方があることを教えて頂いた。
極端な例えを挙げると、仏滅に結婚をしたり、友引にご葬儀をするようなことである。これは、私にとって画期的な事実だった。
今まで目に入る度に少なからず気になってしまった雑誌の占いコーナーや、朝のテレビ番組の星座や血液型、ラッキーカラーのアドバイスに惑わされずに、1日が過ごせるのだ。ほんの少し、気持ちに隙間が出来て嬉しかった。が、しかしながら、現実ではすぐに矛盾が起こった。

百舌鳥

百舌鳥の早贄 (もずのはやにえ)
この季節になると、モズが食糧を枝に刺します。蛙や川魚、虫だったりしますが、家の庭に蛹を見付けました。あとで食べる為なのか、まだよくわからないようです。

”昔の方は日付にこだわる方もいらっしゃるので、仏滅はお勧めではない”と、自分の披露宴の際、コーディネーターに提案をされた。招待状をポストに入れて消印が押される日、返信ハガキの締切日は大安になるように準備を進めることになった。
折角、大安吉日を外した披露宴の日も予約が空いている以外に意味があったのか、正直よく分からなかった。その場の雰囲気は、目に見えない因習に従いざるを得なかった。
よく耳にするのは、日本ではホテルの部屋番号と駐車場の番号は、死を連想する4と苦しいの9を使わないのが一般的のようである。これは外国の13に相当するものなのだろう。兎に角、私は、気にしない。

迷信に、惑わされない。(少し気になるけれど。)それで、いいじゃないか。と、思いながら、毎日、生活をしている。都市伝説も人間のパワーが超越したスピリチュアルなものも大好き、可愛さで収集しているラッキーゴッドの福助さんもたくさん居るけれど、まぁ、気持ちの中はまっすぐな何かが通っているつもりである。

8
<万両と瓦を再利用したお寺の土壁>

:::::

奈良に住んでいるからと言って、悪いところは、
東大寺の一大イベントお水取りでさえも、『また、来年。』と行ったことが無い。

若草山の山焼き。
これも寒くて面倒な日は、玄関を出て少し坂道を登ったところから、
遠くオレンジ色に燃える若草山を眺めただけ。

今回節分の興福寺に出掛けて、節目、節目の行事は観ているだけでも面白くて、季節を感じる上でとてもいいものだった。
春になったら、また知らない場所へ出掛けよう。

10
<暖かい日の蜘蛛の巣>

 

奈良通信 5」への2件のフィードバック

  1. ”「〜いちばん美しいものはいつも、満足とともに悲しみを、あるいは不安を伴うとき、美しいのだ、と考える。」「こう思うんだよ。本当に美しいお嬢さんだって、多分そんなに美しいとは思われないだろう。そんな人にも盛りの時があり、それが過ぎれば、年をとって死ななければならない、ということがわかっていなかったら、何か美しいものがもし未来永久にわたってたえず変わらず美しかったとしたら、それは僕を喜ばすかもしれないが、僕はそれを冷たい目で見、こんなものはいつだってみられる、何もきょうでなくてもいい、と考えるだろう。これにひきかえ、衰えやすいもの、いつまでも同じではいないものを見ると、喜びばかりでなく、同情をもいだくものだ」”
    ヘッセの『クヌルプ』を読んでいて、明音さんの奈良に住んでいるからといって、見過ごしている名所などを思い浮かべました。私も、そこに永遠にあるだろうと思って、それが、5分で着く夕焼けスポットであったり、早朝の神秘的な朝焼けの景色であったり、先延ばしに見ようとしてるものが、沢山あります。生きているうちは、もっと冒険的にならないと!と思いました。

  2. >文得さん

    こんにちは
    ヘッセの言葉をありがとう。
    新しいこと教えてもらって、嬉しいです。
    目の前の事に対して、冒険的にならないと、です、ね。
    無常だから?
    その一瞬が大切なのだと思うようになりました。

    ハドソンの景色、もうすぐ春かな、次のジャーナルを楽しみにしてます。

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