ポートランド通信 5

6.13.14 瀬高 早紀子

ものを、よくなくす。

なくすというか、どこかにあるはずなんだけど、どこに何があるのかすぐにわからなくなる。
そんな性格とはもう30年以上つきあっていて、そう簡単には変えられないこともとっくに学んでいるので、諦めている。もしくは、受け入れているので、そうそうものを持たないようにしている。それは目に見えないものもまた同様に、である。

携帯が壊れた。
ブラウン管テレビでよく起こった現象、砂嵐。あの砂嵐が真っ青とか真っピンクで数回、現れては消えたあと、、、息を、途絶えた。

はは。ははははあ。

はは。ははははあ。

こんな携帯であった。写真も撮れるし、ネットもできるよ、ってことには一応、一応なっているけれど、あくまでも「一応」なのだ。たぶん2002年くらいから改良は加えられていないのではないか。努力さえも試みられていないのではないか、な。

テキスト[AU派だったわたしはCmailといまだにいいたくなるけど、これはもう死語なのでしょうか] を送るときはキーボードをスライドさせて出して両手でタイピング。これがまた「ゲームでもやっているの? 」と本気で誤解されるほど、ちまっちょろいのだ。

砂嵐、のち、真っ白、のち、無言、となった携帯電話を米布団にかぶせて一晩待ってみたが、何も変わらず朝がきた。仕方がないので携帯ショップにいったら、なんとないのである。壁一面にそってしばし往復してみたものの、ないものはない。スマートフォン以外、見当たらない。

自転車で橋の上を激走しながらも足をとめずにはいられなかった。彼らもフリーWi-Fi?

自転車で橋の上を激走しながらも足をとめずにはいられなかった。彼らもフリーWi-Fi?

いつもそうである。マイノリティーはじわりじわりと、気づかされていく。
「もうこれなしでは生活できませんよ」
「え、まだそれ使っているの?」
って、直接的じゃなく間接的に、状況的に物理的に。カドッコに追い込まれる感じに。

やけにいせいのいいカウンターのお姉さんに「もうフリップフォンは置いてないの?」とおそるおそる聞いてみた。事実を知るのが怖過ぎて。そしたら「なに!?」と3回くらいそのやりとりをした。英語が通じていないわけじゃなくて、フリップフォンを欲しい人がいるという現実を把握するのに、そのくり返しが必要だったようだ。どうやらね。

「あ〜」といって、なぜか引き出しを開けて、これね、あるわよ、と。
え、なんで引き出しの中? 売り物なのに??

もう売る気がないんだな。そういうシステムになってしまっているんだな。

きっと100人にひとり、いや1000人かもしれない、そのくらいの割合でしか訪れない人間のために、大事な一スペースを譲ろうというゆとりはきっとないのかもしれない。どんどんどんどん、約束されたペースでやってくる“さらに新しい”とか“さらに進化した”「スマートフォン」。そこにあえて、10年以上は開発を諦めている(であろう)代物をわざわざ置くわけないことくらい、わたしにも理解できる。頭では。

使わなくなったものを寄付できて売ってくれている「グッドウィル」。昼間から親父たちが90年代くらいのビミョウに安っぽいステレオを前にアーダコーダ言っている。

使わなくなったものを寄付できて売ってくれている「グッドウィル」。昼間から親父たちが90年代くらいのビミョウに安っぽいステレオを前にアーダコーダ言っている。

ハドソン特派員のふみえ女史がフェイスブックをやめたってメールをくれたときも、人ごとながらすっきりした。

そしてわたしが感じていたもやもやはこれか! と思った。

”こうして、インターネットで、みんなと繋がれて、情報が交換できて、個人的に助けられたりしてとても嬉しい!その反面、私たちの情報が知らないところで、携帯や、コンピュータ、車、顔の認識プログラムを勝手に使って、あと、私たちグーグルやfacebookを使って調べている情報が、みんなどんどん記録され、商業用に利用されたり、プライベートがどんどん失われて行く。自由が失われて行く。子供から大人まで、カフェとかに行っても、道を歩いても、みんな電話片手に持っていて、電話の奴隷の姿を見て、やはり私は、時代に逆らうのが好きなのか、ああはなりたくないなぁ。この前も、虹が出ているのに、携帯見ながら歩いてる人とかいてね。”

わたしもけっこう、時代に逆らうのが好きなのかもしれない。自然に逆らわざるを得ない状況になっている場合も多々ある。そういえば今やふつうになったフェイスブックだって、2010年、はじめてポートランドに来たときはまだまだ無名の存在だった(日本では)。アメリカではもうとっくに定番化していたみたいだけど、そこで出会った人に「ポートランドに住みたいと思っているなら絶対始めた方がいいよ!!」と自分のページを見せてくれて「ほらね、こうやって遠くに住む人が今何しているかわかるし、困ったことがあったらここで声をかければみんな助けてくれるよ」って。

「はあ」と「はあ?」が入り交じった気持ちだった。そこには彼が旅で出会った男の子がアホ顔きめて電車に乗っている写真なんかがほとんどで、「え、これが羅列して来るものがおもしろくて役に立つの?!」って純粋に悪気なく、理解不能だった。しかし、リクエストなるものがきて、従順にぽちぽち進めていくうちに「今、何してる?」と無機質な問いかけがのったページが現れていた。

ライダーになりたい男子、33歳。これを一度、解体してから組み立てる。乗る前に、組み立てて、完全に仕組みを理解した上でライダーになる。という。

ライダーになりたい男子、33歳。これを一度、解体してから組み立てる。乗る前に、組み立てて、完全に仕組みを理解した上でライダーになる。という。

そしてたった2年弱でこのSNSというやつもまた「これなしでは生活できませんよ」とあの彼がささやかれていたかは覚えていないが、今思い返してみれば、「これがないとやばいよ」というふうにも捉えられるのだ。

繰り返すと、デジタルの時代が悪いとか、昔はよかった論をたれたいわけではない。でもまだ昔の方法で満足している人たちの居場所がどんどんなくなっていることに疑問を覚えてしまうのだ。日本の携帯も、以前はあんなに「軽い! 」「薄いゼ! 」をうり文句に季節が変わるごとにニューモデル!とやらを出して来たにもかかわらず、それらに比べてあんなにでかいスマートフォンが出てきたときに「あの軽い、薄いはなんだったの??」と遠くを見てしまったのはわたしだけじゃないと思う。

うちの母は生まれてこの方、現金主義だ。2ドルのコーヒーでさえカードで買ってしまうアメリカ人には信じられないことだろう。母は、もちろんインターネットで買い物なんてできない。そんな選択肢が存在しない。

彼女の携帯はもちろん折りたたみ式。年寄り用ではない。だが100文字打つのに、およそ30分かかっているのだ、と後々告白されたときは、あのこけてしまっているような歯抜けのメッセージに込められたものをありがたく思ったものである。

母のような人たちには全くもって、クレジットカードもスマートフォンもテキストで会話する世界も、便利という言葉にはひっかからないのだ。

このジャーナル外での会話でやりとりされていた最中、ロンドン特派員のさおり女史のことばはちょっとささった。

“Love your enemy”

インターネットもSNSも便利な社会も、決して敵というわけではない。

どうつき合っていくのか、どう捉えていくのか。大勢のものさしによってではなく、自分のものさしで使っていけたらいいのにね。「ないとやばい」なるかならないかは自分次第なんだけど、結局、でも知らず知らずのうちに「ないとやばい」に加担しているものである。

自戒を込めて。

*本文と写真は余り関係なさそうにみえてあるものを選んでいます。意図的に。

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