下北沢通信3

2.21.15 矢郷 桃

昨年の夏のこと、東京のうだるような暑さをなんとかやり過ごし、ご縁を頂き、私は日本の西のはての島 与那国島へ旅をした。 _DSC3530 ある日とあるところで出会った建築家黒岩哲彦さん、エクセルギーという自分たちの身のまわりにある太陽の光や風や水など自然のさまざまなエネルギーを活かしたエクセルギーハウス(*1)という家の設計や、140803_setamin_koganei-49“いとなみ”という言葉をキーワードに生活や暮らしに必要なさまざまなものをその土地から活かす暮らしや地域づくりを提唱している。目をきらきらさせながら、楽しそうにいろいろなアイデアを語る黒岩さんは、今まで私が出会った建築家とはどこか違いとてもチャーミング。原発事故後エネルギーについて、私の暮らす世田谷では関心が広がり、私も活動を手伝うNPOにて、自給自足を目指し市民共同発電所をつくったり、また電気に頼るだけでなく自分たちの暮らしを工夫する必要があることも感じ、黒岩さんにお話を頂いたり、そのなかで与那国島でもプロジェクトを手がけていることを耳にし、日本の西のはて?台湾が隣?と、まるで異国のようなあこがれで妄想しつつ、行ってみたいな、と想いを募らせていたところ、そのNPOで与那国島へ視察をすることになった。

羽田から石垣島へ飛び、石垣島から39人乗りという小さいジェット機に乗り30分で与那国島へ。ジェット機の小さな窓から、きれいなブルーの海と濃い緑に覆われた島が見えるとついつい席から窓に身を乗り出す。

島の約半分の電気を担う風車2基

島の約半分の電気を担う風車2基が見える東崎

空港近くでレンタカーをし、一番西の集落 久部良へ向かう。久部良港はカジキ漁が盛んな漁師の町で、石垣からのフェリー、荷物を運ぶ船もここへ入る。哲さんという方が営むカフェ・レストラン「moist roll cafe」(*2)に滞在をさせて頂けることに。着いて早々に哲さんが手際よく料理をしてくれた。哲さんは、10数年前に島へたどり着き、そのまま島へ移住、家を少しづつDIYをしつつ、いつしか料理に目覚め、島の食材を使った予約制のイタリアンレストランと、ロールケーキを焼いてカフェをしている。島の恵みを使った料理はとっても美味しく優しく、またDIYを重ねたそのスペースもとっても素敵だった。
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海の水を使ってゆでたパスタにイカと島の食材 長命草を乗せたパスタ

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食後のロールケーキ。与那国産の黒糖とはちみつが使われている

島で一番西の岬の展望台へ。沖縄県八重山郡与那国島は、人口1500人の小さな島で、台湾が隣、黒潮のぶつかる強い潮流のなか、海の恵み、自然の恵みに寄り添い暮らしを営んできた。返還前には台湾との密貿易で賑わい島の人口は1万人近いこともあったそうだが、今は、過疎化が進んでいる。_DSC3726

日本の一番西のはて、一番遅くに沈む夕日をしばらく眺めた。雲の向こうには台湾がある

日本の一番西のはて、一番遅くに沈む夕日をしばらく眺めた。雲の向こうには台湾がある

島での調査は、夏の家の過ごしやすさを伝統的な島の家から学ぼうというもの。同行してくれた黒岩さんにご説明や指導を頂きながら、集落に残った古民家へ。家の庭に撒かれた白い珊瑚がコンクリートや砂利などと違って熱さを吸収しにくいことや、家の回りに植えられた樹木に風が通ることで熱風を和らげ家を涼しくしていることや、畳の軒下に風が通る仕掛けやなどを見て、実祭に温度を計り、また古民家にて一夜を過ごし、そのことを実感したりした。
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それから、島での“いとなみ”探しが、今回の旅のもうひとつの目的。島のさまざまな人々と出会い、島ならではの食材や料理を教えて貰ったり、島伝統の民具づくりを見せて頂いたり、島の人に島を案内してもらったりした。

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こよりをつくって紐にする

クバの葉

クバの葉

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ちゃんと水が汲める柄杓

島の若者与那覇くんにクバの葉を使った民具づくりを実演してもらった。与那覇くんは島の若者の中ではめずらしく島の人からさまざまに教わり自分でも工夫を凝らしながら島の伝統を学び伝えている。大きな葉っぱがあっという間に柄杓や箒になる、そして縁側で三線と歌を聞かせてくれた。縁側で寝転んで島の風を感じなら聞く与那覇くんのやさしい声と三線の音は、この家と島の心地よさをぞんぶんに感じさせてくれた。 _DSC4073 ある集落の民家におじゃまして島のじっちゃんに話を聞いた。一度は島を出て石垣で働いていて(与那国島には中学までしか学校がないため、高校生になるとみな島を出て行きそのまま島外で暮らす人も多い)、今は島へ戻り暮らしている。戦後返還前の台湾からの密貿易で賑わった当時、ヤミ市があったり、映画館や料亭があったり、台湾から来る人びとと魚や米を交換したことや、氷や冷蔵庫もない当時はカジキを干物にしたり、賑やかだった子ども時代の島の話をしてくれた。 _DSC3861

じっちゃんのつくる胡麻と自分でしぼった胡麻油

じっちゃんのつくる胡麻と自分でしぼった胡麻油

庭にはパパイヤがなる庭にはパパイヤがなる

庭にはパパイヤがなる

奥さんは、パパイヤを剥いて、シリシリになるお土産を持たせてくれた

奥さんは、パパイヤを剥いて、シリシリになるお土産を持たせてくれた

比川共同売店(島には、大きなスーパーはひとつしかなく、比川集落にはこの共同売店に人が集まる。ちなみに島には信号も2つしかない)で出会ったトシさんという方が島を案内してくれた。 _DSC4366_DSC4358トシさんに連れられて島の森へ。水の流れるとてもきれいなところだった。 _DSC4483

笑顔のめちゃかわいいトシさん

笑顔のめちゃかわいいトシさん

それから、島で採れるさまざまな自然の材料で民具をつくるおじぃのところへもおじゃました。おじぃの昔の話を聞きながら、もの静かにひとつひとつ手を動かすおじぃの手元をしばらく眺めた。 _DSC4680_DSC4599

おじぃの作った民具たち。祖内の雑貨店「さくら」でも販売されている

おじぃの作った民具たち。祖内の雑貨店「さくら」(*3)でも販売されている

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額に入った記号は、ダノハンという持ち物などに付けられれる家のマーク

額に入った記号は、ダノハンという持ち物などに付けられれる家のマーク

おじぃの家に飾ってあった久部良集落の昔と近年の写真

おじぃの家に飾ってあった祖納集落の昔と近年の写真

短く慌ただしい滞在にも関わらず、島の人たちはとても親切に遠く東京から来た私たちを歓迎し、島での食や暮らし、豊かな自然、自然と寄り添ってきた島の暮らしの様子を感じさせてくれた。またその移動の折々に島の雄大な自然を感じた。

島の守り木「アグの木」

島の守り木「アグの木」

月桃

月桃の実

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しかし、行ってみてきちんと知ることになったが、与那国島には自衛隊のレーダー基地とそれに伴う駐屯所の建設計画があり、賛成と反対と二分する運動が今も続いている。島を巡っていても「自衛隊基地歓迎」「島に基地はいらない」と対立する旗や看板を始終目にし、一番西のカジキ漁で有名な港を囲む久良部の集落が見渡せるすぐ近くの山の上にレーダー基地の予定地があり、人家にとても近いことから、電磁波による健康被害が心配されている。そして南の牧場の駐屯所の予定地では、すでにショベルカーが入り、アダンの木や島に自生する芝を剥がす工事が馬が草をはむ側で進められていた。

レーダー基地の予定地の山の上

レーダー基地の予定地の山の上

レーダー基地の予定地から久部良の集落はすぐ近く

レーダー基地の予定地から久部良の集落はすぐ近く

レーダー基地の予定地から西の岬。向こうには台湾がある

レーダー基地の予定地から西の岬。向こうには台湾がある

駐屯所の予定地 南牧場。自然の芝やアダンが掘り起こされている

駐屯所の予定地 南牧場。自然の芝やアダンが掘り起こされている

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駐屯所の予定地 南牧場

駐屯所の予定地の側の与那国馬

駐屯所の予定地の側で草をはむ馬

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寝させて頂いたところ。台湾からの反核旗が

moist roll cafeを営む哲さんは、活動家でもあり、外交も行い、国会占拠で揺れた台湾や、基地問題で揺れる韓国の済州島へも足を伸ばしている。台湾や韓国、アジアの島々との交易のひとつ、交流のひとつであった島は、アジアとともに響き合い平和を願う場所としての可能性もあることを話したりした。

***

島にいる間、基地ができる前の3年の島を舞台にしたドキュメンタリー映画『はての島のまつりごと』(*4)がちょうど完成したことを知った。島のことを伝え、この問題を考えることができたら、と島へ行った仲間たちと上映会を開催することにした。映画の監督にも協力を頂き、今年1月はじめに下北沢の教会にて開催した。昼と夜と2回に分かれた上映にはたくさんの方にお越し頂き、子どもたちも一緒に熱心に映画を見てくれた。折しも与那国島で自衛隊の是非を問う住民投票の実施が2月22日に決まり、上映後の監督を交えたお話の時間は、熱心な発言が続き、関心の高さを感じた。またせっかくなので島を身近に感じて頂きたいと、島から物産を取り寄せ、物産の販売も行った。夜の上映の後は、教会の前のカフェにて交流会を開き、島から送って頂いた生の長命草、クシティー(パクチー)、米味噌を取り入れた映画に合わせたプレート料理を準備したりもして、映画の余韻を味わいながら、島への想いや映画の感想など自己紹介を交え話し、とてもいい時間を持つことができた。

上映後の土井監督からお話

上映後の土井監督からのお話

島の食材を使った交流会でのプレート料理

長命草、クシティ(パクチー)、ぐんながどぅ(長命草)麺など、島の食材を使った交流会でのプレート料理

映画の中では、季節折々のまつりの様子、島の人たちの暮らしや生活の現状、基地建設に対しての人々のさまざまな想い、建設の是非をめぐる町長選挙の様子などが映し出される。人と自然、人と人をつなぐ“祭り”と政治の“政”が交わり、基地建設問題とともに小さな島が翻弄されていく。基地を受け入れたくないと反対の声を上げる様子は、原発事故後私も足しげく通ったデモを思い出し、そうしたシーンを見ては胸が苦しくなった。また小さな島が分裂される様子は原発建設など、ここだけでなく日本のさまざまな地域で起こってきた事のように感じ、映画から見えるできごとが、けして遠いことでなく、どこか日本の縮図のように感じた。

原発事故後、なにを大切に生きていけばいいのだろうか?そんなことをより、思うようになった。島が過疎化するなか、自衛隊基地に頼らない暮らしを模索し豊かさについて想うこと、それと私自身なにを大切にいけばいいのだろうか?このままの暮らしをただ続けていいのだろうか?という想いがつながるように感じる私がいた。そして、戦争に向けてどこか不穏さを感じる私たちの国の動き、そのなかで与那国島の住民投票が実施されようとしている。島だけでなく日本の未来を担う大きな選択が島の人へゆだねられているが、 出会った島の人たちは、私と変わらない一人一人だった。辛いニュースを目にするなか、ふと平和って、なんだろ?なにに平和を感じるだろう?どういう時に平和を感じるだろ?と、考えていた。映画の中で、島の動物や自然のなかで遊ぶ子どもたち、月夜の下のささやかな音楽祭などの様子が写し出される。豊かな自然の恵みとそれとともにある暮らしやまつり、めぐる季節のなかであたりまえに身近にあることが豊かでかけがえのないものだということ、それは震災の後私たちも至った想いだった。そしてそのあたりまえにあることは、それがあることを願う気持ちや想いが日々にあることによって支えられているのかもと。豊かな島宇宙で、私の暮らす街でも、そのささやかな想いがひとつであることを願っている。(住民投票の前日に)

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*1:エクセルギーハウスネット http://www.exergyhouse.net/

*2:モイストロールカフェ http://moistchocolat.com/cafe/index.html

*3:雑貨さくら http://sakurazakka.com/

*4:はての島のまつりごと http://www.hatenoshima.com/

<参考>

イソバの会 http://isobanokai.ti-da.net/

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